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社会科学者としての高坂正堯

『高坂正堯と戦後日本』を某古本屋で偶然見つけてから、これを片手に高坂正堯を改めて読み直しています。

  

高坂正堯と戦後日本

高坂正堯と戦後日本

 

 

編集の五百旗頭先生、中西先生はじめ、細谷先生や待鳥先生などなど...尊敬する諸先生方が、各章それぞれの視角で高坂正堯を分析しており、その奥深さを再認識させてくれるような本です。

 

どれも読ませる論評なのですが、特に面白く読めたのは、待鳥聡史先生による「社会科学者としての高坂正堯 1960年代におけるアメリカ学派」(第三章)と、中西寛先生の「権力政治のアンチノミー 高坂正堯の日本外交論」(第七章)です。取り敢えず今日は前者に焦点を当ててみます。

 

「社会科学者としての高坂正堯 1960年代におけるアメリカ学派」

この論評では、1960年代のハーヴァード大学への留学経験を念頭に、高坂がアメリカで何を得たのか、そしてそれが前後の年代における仕事とどういった関係にあったのかが論じられています。

 

(短い論評なので内容の詳細は省きますが)重要な指摘は、『国際政治』に代表されるような理論的著作群、「宰相吉田茂論」といった実証的著作群、『海洋国家日本の構想』などの政策論的著作群の三つに大別される、一見するとまとまりのない60年代の業績が、実は相互に結びついているという指摘でしょう。そして、70年代以降は政策論的な色が強い著作や外交評論が前面に出てくるが、その基礎をなしたのは理論的著作や実証分析であり、これこそが高坂をして、論壇においても旧来型の教養文化人や現代的なコメンテーターとは異なる存在ならしめていたのであり、また同時に、高坂の多面的な活動を時間軸上で整合的に理解する鍵でもあるとしています。

 

この指摘はとても興味深い指摘だと思います。一般に(僕自身含めて)人文的、歴史的素養に支えられた(国際)政治学という方向性に惹かれて高坂正堯へ関心を寄せる風潮があるような気がしますが、そこで無意識ながら前提としてされているのは、社会科学的アプローチと人文的・歴史学的なアプローチの両立は難しい、二者択一であろうという想定だと思います。しかし、待鳥先生の高坂論が示唆しているのは、こうした形での高坂正堯への接近がむしろ高坂理解を一面的にしてしまうかもしれないということです。そして、それを踏まえれば、高坂から真に汲み取るべきは、人文的・歴史学的素養と社会科学的な思考法をいかにして有機的に接合し、(時事評論なり実証分析なりどのような形をとるにせよ)国際政治に対する豊かな見方に繋げるか、という点なのかもしれません。もちろん両者を二者択一でなく相互補完的にといった議論は随分前からあると思いますが、その実践の試みはあまり思い浮かばない気がします。そういった観点からまた高坂を読み直してみるのも面白いかもしれません。

 

少し不満があるとすれば、「科学者」としての高坂正堯に焦点を当てているが、方法論的な側面での影響の指摘に偏っているように見える点などでしょうか。ただ、紙幅的にもそれを望むのは少し的外れな気もしますし、いずれにしても、とても面白く読める論評でした。

 

追記(1/20)

最近、大矢根先生の編集で勁草書房から『日本の国際関係論 理論の輸入と独創の間』が発売されたようですね。目次しか見ていないのですが、ここで取り上げた問題意識とも絡みそう(かつ高坂正堯も取り上げられている)なので期待大です。